ジモンジトウ

ジモンジトウ

人生はリセマラができない。

スマホゲームの流行によってすっかり耳に馴染むようになった「リセマラ」


何度もチュートリアル終了後の課金ガチャを無料で回し続けることによって、お目当てのキャラを手に入れる一連の流れを繰り返し行うことを指す言葉ですね。


さて、これは誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか、人生における不平等、不公平についてを。


親ガチャ


生まれた段階で決定される先天的ステータス、生まれついた両親の収入や家庭状況による格差。


ゲームスタート時に所持金や装備の差がついているようなものです。


これらの優劣によって生じる理不尽でどうしようもない人生VERY HARD に嘆いたことがある人は少なくないでしょう。


こんな人生なら、いっそリセマラしたいものだと、つい思ってしまったという人だって同様に少なくないはず。


先天的ステータスガチャ


親ガチャが終わったと思えば次にやってくるのは、これからの人生を決めるステータスガチャです。


これもリセマラができない。なんということでしょう。


性格や、適性が生まれた状態から変わらないとするならば、根っこの部分は大きく変えられない状態で、平均プレイ時間80年のゲームがスタートすることになります。


言うほど遺伝子、環境のせいか?


ここまでの内容だと、親ガチャ、ステータスガチャを失敗したらまるで人生真っ暗のような気もしてきます。


でも、本当にそう言えるでしょうか?


確かに、人生を進める上で差があることは確実ですが、生まれ持ったステータス、持ちカードで完全に詰んでいるでしょうか?


「俺には才能がない。」
「もっとお金があれば。」
「家庭の事情で、バイトが忙しくて。」


これらは、割と初期状態のステータスでは仕方ない部分もありますが、完全に詰みの状態ではないはずです。


俺くんがいう「ない才能」は、全ての才能がないわけではないし、


必要なお金はよっぽどでもない限りはどうにか捻出、代替案の検討でどうにかなったり、


その家庭の事情は、家庭環境があまりに劣悪なら切ってしまえば良い。(ここは難しい、口出しはできないから強く言えませんが...)


何かしらの代替案、最悪でも妥協の仕方があるのではないでしょうか。


ガチャ失敗を言い訳に諦めることそれ自体が本当の意味での失敗なのでは?と思うわけです。


全てを親ガチャ、ステータスガチャのせいにして、何もかもを諦めてしまったら、皮肉にも一番憎んだ親ガチャ、ステータスガチャの失敗親、失敗ステータスガチャになってしまう。


これが一番恐ろしいのではないでしょうか。

 

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